Hatena::Groupsubtech

#生存戦略 、それは

-> 19 { 07 / 04 }

はてなグループ終了に寄せて

10:18 | はてなブックマーク - はてなグループ終了に寄せて - #生存戦略 、それは

「セカンドライフ、はてなグループのディレクターやらへん?」

2006年、鉢山オフィスの会議室に呼び出された。当時のはてなでは、基本パブリックスペースでの会議が主だったので、何なんだろうと思った。会議室では、jkondo *1がいて、上記のようなことを言われた。曰く、はてなグループはとても価値があるサービスだと思っていて、jkondo は様々なサービスを、naoya んはブックマークをやってるし、きっと伸びるサービスだから、ディレクター(今で言うプロダクト責任者)を secondlife がやらないか、とのことだった。その時、私は即答で「えー、面白く無さそうだからやりません!」といった回答をしたと思う*2

はてなでは印象的な出来事がいくつもあったのだけど、この出来事は今でも覚えている。今でこそ当たり前に使われている Qiita::Team, Kibela といった、日本の様々な企業が導入している情報共有ツールは、はてなグループ*3 が源流となっていて、とても先見の明があったサービスのPMを自分で選択しなかった*4、という出来事として記憶している。

当時の社内情報共有言えば、基本的にはWikiを採用していた企業がほとんどの中、Blog(フロー情報、自分の考えや、「今」が大切な記事をアウトプットする)とWiki(ストック情報、蓄積される・見返すことが出来る情報)が融合され、トラックバックやidトラックバック(メンション機能)もあったためディスカッションの場としても最適で、とても便利な物だったが、その良さを知っているのは、はてな社(と、当時法人契約をしてくれていた何社か、法人契約するとSSLが使えた)、本来大口顧客になりえた他企業には時代が早すぎたこともあり、ほとんど伝わらなかった。グループウェア機能(カレンダーやタスク管理)等々も実装されていたが、こちらもしかり。

また、toB向けの機能のみならず、toC向けには趣味を同じくする人たちのコミニュケーションの場としても提供していた(g:subtechg:vim など、技術者が集まるグループもいくつもあった)し、一般ユーザからするとそちらの顔としてのはてなグループの方が記憶に残って居るであろう。

はてな社内では、はてなグループは徹底的に利用されていて、技術仕様、日報、メモ書き、ミーティングアジェンダ〜議事、プレゼンテーション、社内告知、雑談、サービスアイディアのディスカッション等々、毎日のように情報を書き込んで、誰かの書いた情報を見ていた。当時、社内を行き交っていた様々な情報は、咀嚼され自分の中に価値としていくつも蓄積されたし、jkondo がアメリカに居る時に社内グループで屈託の無いディスカッションをたくさんし、当時は毎日胃が痛くなったりもしたけど、良い出来事だった。今は振り返って見ることが出来ないけど、自分が20代半ば〜30歳前までの社会人青春時代の思い出が詰まっている。

そんなはてなグループが終了してしまうことは寂しいことだけど、いままでありがとうはてなグループ。はてなグループの血は、様々なサービスになって受け継がれていくと思う。はてなグループよ永遠に。

*1:他にも誰か同席していたと思うが、近藤さんのイメージがとても強かった…

*2:当時はてな社はとても牧歌的な会社で、様々なことを自由にやらせて貰っていた、ありがたや…

*3:Qiita::Team は元はてなアルバイトの yaotti が作ったし、Kibela は Cookpad 社内の情報共有ツールの影響を受け作られた影響元のCookpadの社内の情報共有ツールははてなグループの影響を受け作られた

*4:もし、PMになっていたとしても、当時の自分ではきっと「自分が考えた最高に便利な機能」をたくさん実装しただけで、いまのはてなグループ以上の何か大きな価値提供が出来るサービスになってたとは思えないけどね

トラックバック - http://subtech.g.hatena.ne.jp/secondlife/20190704